長引く構造不況からの脱出に、機は熟したということなのか、はたまた高度成長を支えてきたモデルが機能しなくなったことへの苛立ちからなのかは分かりませんが、最近巷では「聖域なき改革」という言葉が流行しているようです。小泉首相が聖域なき改革を謳ったかと思えば、ある全国紙もつい最近まで聖域なき改革を果たした(或いは実施中の)企業経営者達の記事を連載していました。この様な改革には往々にして既存の構造や仕組みの破壊がつきもので、既得権益者やそのグループからの死にもの狂いの抵抗があるのが常です。この抵抗に屈することなく実施するためには、トップの強烈なコミットメントと戦略、改革の意味を理解し、戦術を実施する中間層の存在、そして既得権益者を黙らせる大多数の大衆の存在が必要となります。改革という名の破壊と創造が達成されたとき、規模の大小はあるにせよ、「革命」と呼ぶにふさわしい一大事業が達成されたと言えます。

ところで昨年騒がれた「IT革命」はどうでしょうか? 森前首相時代のIT革命へのシナリオを見ると、明らかに「ITによる革命」ではなく「ITの革命」です。つまり、そのシナリオどおりことが進んでも恐らく我々のライフスタイルもワークスタイルも大きく変わることはないでしょう(色々便利にはなるでしょうが)。それではITによる革命は可能なのでしょうか? また、その革命を達成する方法は? テレワークに関心のある皆さんには、テレワークがその答えである可能性が高いことは明白でしょう。テレワークが革命であるなら、ワーカー主体で行われた多くのテレワーク実験が成功しなかったわけも理解できるのではないでしょうか。また、最近日本でも出てきた企業による大規模なテレワークへの取り組みが成功の兆しを見せているのも頷けます。つまり、テレワークによるIT革命のシナリオとは、日本のあらゆる組織が、進んだITを利用してテレワークによる組織改革を行うことで、私達のワークスタイルとライフスタイルが大幅に変化するというものです。そして、この革命を達成するためには、組織のトップクラスから聖域なき改革を実施する事が不可欠です。もしそうでないのなら、この革命は上が変化せず下だけが変わるという実に不思議な革命ということになるのではないでしょうか。