前々からこの談話室で話題にしていますが最近の社会的問題の定義とその対応策について非常に疑問を持ち危惧しています。将来に対する不安から消費を控えている国民に消費意欲を出させようとして一部の企業が努力をし、結果として価格低下に成功し、業績もあげました。これは一般消費者にはまだ消費の意欲もお金もあるという現われではないでしょうか(素人考えですが)。確かに同じ業界の各社も値下げに付き合わなくてはならず業績を悪化させているところもあるでしょう。しかし、これはデフレの問題ではなく企業努力の問題です。(需要にたいする供給量不足から)お金の価値が上がった結果、モノの値段がさがるデフレとは違うように思えてなりません。それにもかかわらず通常のデフレ対策が声高々に語られ要求されています。

私は学生に問題解決に際しての心得として「問題の症状だけを見て解決方法を決めてはいけない、それを起こしている原因をつきとめることの方が大切だ」と説いています。賢明な皆さんはお分かりでしょうが、症状に気をとられてしまうと、その症状の手当て方法を問題の解決策と勘違いしてしまうからです。当然、原因への手当ては施されていないわけですから悪化して致命傷になるか、再発を繰り返すことになります。もちろん症状そのものへの手当てが急を要するときには、それを最優先で行なう必要があるでしょう。しかし、その様な場合でも原因を知らずに症状への手当てを行なうと、その手当て自体がより大きな問題を生じてしまうこともありえます。

今、経営・組合・政府の三者間で協議されているワークシェアリングにも同様な危うさを感じます。これは業績が悪化している大企業が次々と大リストラを発表したことが発端になっているものと思われます。リストラで多くの人が職を失うより労働時間を分け合ってコスト削減を達成してリストラを避けようということで一見うまい手当てのようにも見えます。オランダなどでの導入事例もあるようです。しかし、これは症状を手当てして原因には触れていない典型的な例です。おまけにこの手当てには先行き大きな問題を引き起こす危険性があります。まず、この手当ては企業の業績を好転させる策ではない(もちろん不況の解決策でもありません)ということです。次に、この策は企業という患者の痛みを一時的に取り除く麻薬のようなものである可能性が高いという事です。即効性があって一時的に痛みはなくなりますが、痛みの原因の手当てをしていなければ、麻薬を使う間隔が短くなり、量も増えていくということです。つまり、最初全労働時間の10%のシェアから始まっても、次は20%、更に30%、というようにエスカレートして行く可能性が高いということです。企業には2・6・2という生産性の高さによるワーカーの分類比率があるといわれています(2割の高生産性ワーカー、6割の普通の生産性ワーカー、2割の低生産性ワーカー)。この手当を使用していくと、企業にとってクリティカルな高生産性ワーカーのワークシェアを実施する事はできませんから残りの8割のワーカーを対象として実施することになります。更にシェア率をアップするときには次のレベルの選別が行なわれ、結果として企業内のワーカーの明確な(悪い意味での)差別化が進むことになりかねません。つまり、この手当ては正社員のパートタイム化を促進しかねないのです。景気の先行きが不透明で企業の業績回復時期が予測できない状況ではこの手当てによる一時凌ぎは中毒症状を起こす可能性が大きいのではないでしょうか。

企業には、ワークシェアリングではなく、テレワークによるコスト削減と経営効率向上の処方を勧めます。また、テレワークには人件費の問題に対する効果もあります。従来の年功と労働時間数による給与制度が大リストラかワークシェアをするしかないところに追い込んでいるわけですが、テレワークを本格的に行なうには成果・業績評価を基本とした給与制度を用いることになりますので、この問題は解決されることになります(つまり、勤続年数や労働時間数への対価ではなくなるので)。最後の原因の方ですが、(不良債権問題の他に)日本の組織が従来の工業社会モデルから脱却していないことが考えられます(国の政策も同じです)。70年~80年代の高度成長を支えてきた工業社会モデルは既に終わっていると考えるべきです。80年代の終わり頃から未来学者達によって予測されてきた「知識社会」に移る時期に来ているということでしょう。既に終わっている工業社会の幻影を追い続け、過去の不況の時と同じ対策をとり続け、知識社会モデルへの移行に必要な準備を怠ったことが組織の弱体化を招き業績回復を遅らせている要因の一つと考えられます。各企業で人が余っていると言っているのは、工業社会モデルに基づいた組織構造の中での話で、知識社会モデルを基にした組織を考えた場合、全ての企業で人材が不足しているはずです。

最後に、このままで行くと、あと10年弱で日本は確実に深刻な労働力不足に陥ると予測されています。言い換えて見れば、目先の症状に捕らわれて大リストラやワークシェアリングのみを行い本当に必要な組織改革を怠っている企業は「余命10年弱」の宣告を自らに行なっている事になるのではないでしょうか。