価値社会という響きからは、価値のあるものだけが生き残り、価値のないものは捨てられてしまうように思えるかもしれません。次の基本的な4つの疑問に答える形で、私の思い描く価値社会について理解していただきたいと思います。

Q1. 組織の中で価値の低い仕事はやらなくなる?
(或いは、価値の高い仕事しかしなくなるのでは?)
A1. あらゆる仕事には何らかのコストがあるわけですが、直接費だけで全て賄える仕事は殆んど存在しないでしょう。高価値の仕事であっても間接費は必ず存在します。その間接費に関する仕事にも間接費が存在するでしょう。従って、価値の高い仕事を行なうには、必ずより価値の低い仕事が付いてまわり避けて通る事は不可能でしょう。また、価値が低いために誰もやらない、でも誰かやってくれないと困るとなると、その仕事の価値は必然的に上がる事になります。更に、高価値の仕事はそれなりの理由があって高価値なわけです。それが、要求される技能や資格、特殊な条件などである場合は、誰でもできるものではないことになります。従って、それぞれのその時に合った仕事を各人がこなして行くことになります。高価値の仕事しかしない人は、それに見合った技能・資格・条件などを持っていることの他に、高価値な仕事をこなす上で必要な間接費を負担することが要求されることになります。ちなみに、既に価値ベースで動いている業界や職種では、このことが当たり前の事となっているのは皆さんもご承知のとおりです。

 

Q2. 組織にとって価値のない人はクビになる?
A2. 現在、典型的な大組織では、約2割の組織構成員がこれに当たると言われていますが、組織にとって本当に価値がないならクビにすべきです。また、報酬に比べてその人の価値が低いのであれば、報酬を価値に見合ったものへと引き下げるか、本人が価値を上げるしかないことになります。ベンチャー企業や中小企業で2割ものフリーライダー(あるベンチャー企業の専務が「給料泥棒」と表現していましたが)がいれば、今の景気状況ではその企業は遠からず潰れるでしょう。これは、比較的体力のある大企業だからこそ成し得ることでした。しかし、多くの大企業においても社員一人一人の価値で報酬を決める方向で検討が進んでいるようですから、近い将来にフリーライダーは限りなくゼロになることでしょう。ただし、このような制度を社会的に普及させるには、第三者による個人の価値の認定や、職種毎の労働市場の確立が不可欠になり、これは一組織で解決できる問題ではありません。このような中立的立場で価値評価ができる仕組みがないままに「価値による評価制度」が導入さると労働強化や搾取に直結してしまう恐れも多分にあります。最後に、日本における最も大きな組織の構成員である公務員に対して、この個人の価値を評価して報酬を決めるという取り組みが全くされていないことについては大きな懸念を抱いています。

 

Q3. 価値は誰がきめるのでしょう。公共性の高いものは?市場性の高いものは?
A3. 市場性が高いものは、その市場の相場があるでしょうから、それがその時のそのモノの価値となります。一方、公共性の高いものは本来ならパブリック(市民)が決めるべきです。しかし、数百人程度の小さな村ならいざ知らず、数千人以上の町程度でも市民がいちいち価値を決めていくことは非常に困難なことだと思われます。そこで代表者の集まりである議会で決めて、役所が実行することになるわけですが、本当にそうなっている例は少ないように思われます。議会の構成員は、往々にしてパブリックの価値を目指すよりも特定の団体(special interest group)の価値確立を目指します。また、役所はパブリックへの価値提供ではなく、ルールを守ることのみに専念します。例え、多くの市民にとってそのルールを守ることよりも遥かに重要で価値のあることがあっても、役人はルールを盾に市民の価値への要求は無視しつづけます。確かに、ルールを変更する権限や逸脱する権限は役人にはありません。しかし、市民と一緒に価値の確立方法を考えたり、また、議会の構成員に必要なルール改正等を教えることはできるはずです。 何故そうならないのでしょうか。考えられる理由の一つは、自治体組織の構成員(つまり役人)の価値評価には「ルールどおりにやっているか」という項目はあっても「如何に市民へ価値を提供しているか」という項目はないからではないでしょうか。価値社会では前者の価値も、後者の価値も認められますが、後者の方がより高い価値ということになるでしょう。

 

Q4. 個々で決める価値とは?
A4. 各人が決める価値にはモノやサービスに対するものもありますが、個人の生きがいや、仕事、生き方等々があります。「皆と同じようにすること」に価値を見出す横並び社会は、言い換えてみれば各人が自分で価値を決めることを放棄している社会と言えるかもしれません(放棄していると言うよりも、個人の価値追求が出来にくい社会だったとも言えますが)。価値社会では、各人がそれぞれの価値追求ができることになるでしょう。そして、それが可能になるためにはテレワークの普及が必要であることは以前の談話で述べたとおりです。

行政関係者の皆さん、あなたの地域での価値社会作りを是非検討してみてください。