早いもので、この談話室もスタートしてからまる二年になります。もともとは私のゼミ生への教育目的で始めたものですが、実はもう二つ狙いがあります。一つは資料(アーカイブ)の作成で、二つ目は外部の人達の教育です。

昨年、ある人から「書き方がくどくて、まるで大人に向かって幼稚園児に説明しているような書き方だ」と言われましたが、この批評は甘んじて受けます。意図的にその様に書いているからです。理由は二つです。

一つ目は、講義ノートや講演資料と違って行間を口頭で説明することが出来ないからです。もっと格好いい(?)文章にしてしまうと、当然文書による説明に隙間ができてしまい、読者がその隙間にどのような独自の解釈を展開するか分からないという問題があります。物語を書いているのなら歓迎すべき現象ですが、こちらの意図を正確に伝えたい目的の場合は最悪の事態となりかねないからです。私の文書にまったく隙間が無いわけではありませんが、かなり窮屈なものになっているはずです。それが先の批判の一因なのでしょう。

二つ目は、イマジネーションや関連性を見つける力が非常に弱い人たち、また、人の話を聞かない思い込みの強い人たちが実際にいるという問題です。隙間に独自の世界を展開されて、私の意図が歪んで解釈されるのも困りますが、まったく自力で隙間を埋めることが出来ないというのも非常に困ります。ニ年以上前の講演で何回かそのような人たちに出会いました。こちらは、こんなことまで説明しなくても前後の関係から明らかだろうとか、講演の主旨を最初に説明してあるから、一々念押しをして確認する必要はないだろうと思っていると、とんでもない質問が飛び出して来たのです。

例えば、本センターで主催したシンポジウムで都庁の木谷部長に講演をお願いしたときのことです。木谷部長は地域活性化の策として「住んでいるだけの住民から地域に参加する市民へと変える」ことを具体的な活動内容をもとに大変面白く話されました。その参加方法としての電子掲示板・E-メール・仮想コミュニティなどの利用や、電子的通信手段により市民の声を直接都庁に伝える方法などを説明し、木谷さんはそれを強制するのではなく、市民の自発を促すための活動をしているとのことでした。そのために木谷さんはメールと携帯電話を最大限に活用して週の大半は都内を飛び回っているとのことでした。ここで、市民が行なっていることはテレワークを利用したコミュニティの活性化・創出であり、木谷さん自身が行なっていることは明らかにモバイルワークになるわけです。

私は、このシンポジウムの開催挨拶で木谷さんの基調講演について「テレワークと地域活性化という課題に対する一つのモデルになるのではないか」という紹介をしました。しかし、講演後の質疑応答で「大変面白く参考になる話でしたが、これがテレワークとどう関係しているのか分かりません。。。」という発言が、あるテレワーク研究者から出たのです。これはハッキリ言ってかなりショックでした。恐らく、その人にとってのテレワークとは雇用されている人が行なうもので、それ以外はテレワークではないというものだったのでしょう。10年前ならそれで通用したでしょうが、テレワーク研究者を名乗る人が未だにその様な狭い定義にこだわっていることと、(もちろん研究のフォーカスは狭い範囲で構わないのですが)自分の定義に外れたものは理解することすら出来ないということなのでしょう。

この様な人が多数ではないにせよ少なからず存在するという事実、また、その様な人たちが教育者として次世代の人たちを指導しているという事実に対して、自分が出来ること、すべきことは何かを考えた結果が、ウェブでの談話室の公開へと踏み切らせ、「くどい」説明の書き方になっているわけです。

それでもやっぱり「くどい」と感じる方は、斜め読みをしてください。