それ以前にも個別の取り組みがあったのかも知れませんが、正式な記録としては、1984年が日本のテレワーク元年となっているようです。吉祥寺のサテライトオフィス実験を皮切りにテレワークセンター実験なども行なわれました。

ただし、この頃の実験はいずれも小規模で本格導入を視野に入れたものではありませんでした。INSネットの実用化実験を兼ねていたり、インテリジェントビル(オフィス)の実験や、新たなオフィスのあり方などテレワークの普及によるビジネスチャンスを探るという意味合いが強く感じられるものでした。実験に参加したテレワーカーも小規模で部分テレワークを行なうというもので、如何にも実験のための実験というものでした。前話でも出ましたが、ハード・ソフトともにテレワークを支援するには充分なものではなかったのですが、これらの実験においてそれよりも重大な欠陥は、テレワークを単なる「ワーカーの新しい働き方」と捉えていたところにあります。少人数で週一、二回程度のサテライトオフィス勤務で実験を行なってもテレワークの本格導入に向けた知識は何も得られないからです。

これらの実験は本格導入につながることはなく分厚い報告書を残して終了しました。もちろん、本格導入を最初から目指していなかったので当然の結果ではあるのですが、知識社会へ向けた組織改革の手段としてテレワーク導入を考えていたのなら、かなり違った道を辿っていたのかもしれません。ひょっとしたらバブル経済の熱病を回避できたかもしれません。もし、多くの経営者がテレワーク化を組織のあるべき姿と認識していたのなら土地神話も成立せず、従ってバブルも発生しなかったのかも!?

これは空想ですから、話を事実に戻すと、この時代の実験結果からは殆んど何も分かりませんでした。もちろん、報告書には実験から得られた知識として何か書かれてはいるのですが、それらは本格導入に対して意味を持つものではありませんでした。相当厳しい事を言っているようですが、そこまで酷くはないだろうとお疑いの方は、当時の実験結果報告書が(おそらく)テレワーク協会で閲覧できると思いますので是非ご覧になってください。私の言っていることに賛同されるはずです。私は、当時米国の大学に努めていましたが、日本のテレワーク実験関係者から幾つかの報告書を送ってもらって読んでいました。テレワーク普及の必要性、実験の目的、実際の実験の設計と実施、そしてその結果がまるでバラバラで、報告書に書いてあることはまったく信用できないというのが私の正直な感想でした。

しかし、その頃の報告書にも大変興味深い部分がありました。それは実験そのものとは無関係なテレワークの応用や社会に広く普及したらどうなるかというような話が書いてある部分です。それらはテレワークの可能性と希望を抱かせてくれるものでした。私がそれらの報告書を手に入れたのは1990年~1991年頃だったと思いますが、報告書のその部分がなかったら、もしかするとテレワークを見限っていたかもしれません。と言うのも、その当時世界中で行なわれていたテレワーク実験の中で日本のものが最も進んでいるとされていたからです。1996年に日本に戻ってその話をすると関係者の皆さんは驚かれていましたが、1980年代後半から1990年代初め頃に外国の研究者が出した論文には日本でのサテライトオフィス実験がよく参照されていて「日本のように進んだテレワーク実験環境の中で行なえれば違った結果が出たかもしれない」というような事が書かれていました。その最も進んでいるはずの日本の実験でその程度の結果では「テレワークは叶わない夢なのか」と諦めてしまうところでした。

次話ではバブル期の話をします。1980年代の後半になるのですが、日本での動きと欧米での動きに大きな差があった時期で、そのことが現在の差に直結しているのではないかと思っています。