80年代後半から90年代初頭にかけての日本と欧米におけるテレワークへの取り組みには大きな差がありました。これには経済状況の差が大きく関係しているところもあります。1987年頃から欧米の経済は急速に冷え込んでいきましたが、日本の経済は逆に急速に拡大して(少なくとも表面上は)、日本の一人勝ち状態になっていたころの話です。当時の欧米ではテレワークへの関心はあまり高くなかったように見えます。発表された論文等を読んでいても小規模でお金をかけない実験ばかりが目立っていました。テレワーク実験で使用されていたツールにしても電話・Fax・E-メールのみでテレビ会議を使った実験がわずかに報告されている程度でした。景気の悪い中、経営側から見たメリットがはっきり分かっていないテレワークの実験へお金をかける経営者はいなかったのです。当然のことながら、この様な条件で行われた実験からは、経営側にとって魅力のあるような結果は出てきませんでした。

当時発表された論文の中には、「日本で行われている実験のように最先端の情報・通信システムが使用できていれば、きっと違った結果になっていただろう」ということを書いてあるものも幾つかありました。

一方、バブル真っ盛りの日本では贅を凝らした真新しいサテライトオフィスで最先端の情報・通信技術による支援ツールを使用した実験を行っていました。また、忙し過ぎて休みも取れないワーカーに、リゾート地の良い環境の中で集中して知的生産性を上げようという目論見で、リゾートオフィスなる実験も行われていました。(当時の実験関係者の方々、気を悪くしないでください)第三者から見ると(特に私は当時、米国の大学に勤務していましたので、米国のテレワーク研究者の間では)リゾートオフィスの実験はエコノミックアニマルの日本人らしい発想だ、と言う評価でした。忙しくて家族サービスも出来ないワーカー達が、リゾートオフィスに家族同伴で来て、家族はリゾートを楽しみ、旦那達はそこで集中して働ける、と言うようなことが真面目に報告書に書かれていたからです。

ところで、この頃の日本におけるテレワーク実験には欧米と決定的に違う点が二つありました。一つは、実験に多額のお金をかけていたということです。それは、参加企業の多くが、テレワークが普及することによるビジネス展開の可能性を睨んでいたと言うことがあったものと思われます。もちろん、日本がバブル景気で、どの企業も資金が潤沢にあったのも事実です。もう一つは、バブルの影響による大都市部の地価急騰と労働力不足への対策としてのテレワークへの期待です。より地価の安い郊外へオフィスを移すサテライトオフィスや、優秀な学生を確保するための宣伝効果、つまり、「当社では、ワーカーに優しいテレワークにも取り組んでいますよ」というアピールです。もう一歩進んで、地元指向の強くなった地方大学の優秀な学生を確保するために地元で就職しながら、首都圏に就職したのと同じ仕事ができるように、ローカルオフィスというサテライトオフィスを極端に遠隔にしたバージョンを実施した企業も出てきました。しかし、この頃の日本におけるテレワーク実験が普及につながることはありませんでした。本格導入にしても、ごく一部の例外的事例を除いて、行われることはありませんでした。当時の関係者に、本格導入に至らなかったことを聞いたところ「いやぁ、あれは実験なんだから、本格導入に至らなくても実験としては成功しているんですよ」という答えが返ってきました。我々の世界では、これを称して「実験のための実験」と呼んでいます。つまり、実験をすること自体が目的の実験ということです。

さて、この頃の日欧米で行われたテレワークの各種実験が、各国におけるその後のテレワーク導入に大きな影響を与えたのではないか、と言うのが私の持論です。全ての国における実験で、経営側に興味を持たせるだけの結果は出ていません。どちらかと言うと、実験結果からは、テレワークはワーカーのための新しい働き方のオプションというイメージが出ただけでした。

しかし、問題はそれらの実験へのお金のかけ方にあったように思えます。ほとんどお金をかけなかった欧米では、経営者がテレワークに対して大きな偏見を持つことがありませんでした(悪く言うと、気にもかけていなかったと言えますが)。一方日本では、多額のお金と最先端の情報・通信技術を使って実験を行っても大した成果が出なかったことで、テレワークに対する不信感を植え付け、また、テレワークはお金がかかるという印象を与えてしまったようです。