90年代も後半に入ってくると、日本のテレワーク事情も大分様変わりしてきます。

ワーカーのメリットのみを求めたテレワーク実験・実施はすっかり影をひそめてしまいます。ワーカーのオプションとしてのテレワークとか、ボトムアップによるテレワーク普及とかの90年代中まで主流だった考え方も大きく軌道修正せざるを得なくなりました。その変化の引き金となったのは、やはり1998年春の日本IBMによる2500人ものモバイルワーク大規模導入でしょう。この導入は、経営側のメリットを実現させるもので、完全トップダウンで行われました。それまでの、テレワークする・しないを現場裁量に任せるやり方から一変して、部門全員参加を前提とした導入が行われたわけです。それに、モバイルワークがテレワークであることを認知させたのも、この大規模導入だったと言っても良いかもしれません(私の地道な努力が実った結果ではなかったのが少し残念でしたが)。この本格導入は、企業にとってのメリットがはっきりしていることもあって、一年以内に競合他社によって真似される事になりました。

実は、モバイルワークの実験は、他の幾つかの企業でも数年前から行われていましたが、日本IBMのように大規模導入に至ることはありませんでした。以前にも談話で述べたと思いますが、私の研究室では、モバイルワークの導入がどれほど本格的に進んでいるかという目安に、デスクスペースの削減率を見ることにしています。モバイルワーク実験を続けていた多くの企業では、デスクスペースの削減がほとんど起きていなかったのです(もっとも、少人数での実験だったので、スペース削減はあまり意味がなかったのかもしれませんが)。また、毎年行っていたそれらの企業へのヒアリングでも「スペースシェアリングにして、座席数を削減する予定はありますか?」という質問を必ずしていましたが、答えはいつも「その様な計画はありません」でした。しかし、日本IBMが大規模導入したその年の秋のヒアリングでは、いずれの企業もスペースシェアリングを実施しており、モバイルワーカーの数も前年までの実験規模の数倍から十数倍に増えているのでした。

この影響は、二年もしない内に首都圏の多くの大企業に及びました。例えば、2000年の春に、ある企業のモバイルワークの状況をヒアリングに行ったところ「どこの企業でもモバイルワークは常識になっているのに、今さら何の目的でヒアリングをしているんですか?」と、逆に質問されてしまいました。わずか二年の間に、それほど浸透したというのは、日本ならではのことでしょう。でも、正確にいうと、ほとんどのモバイルワーク導入企業は、ちゃんとしたテレワークではなく、擬似テレワーク(私の造語)をやっているに過ぎないのですが。そのため、多くのモバイルワーク導入企業では、本来得られるはずのテレワークによるメリットの半分以下しか享受していないものと思われます。しかし、そうは言っても、モバイルワークがテレワークであると広く認知されたことと、多くの企業が擬似テレワークとはいえ、モバイルワークを実際に導入しているという事実は大きな進歩と言えます。

次の大きなハードルは、オフィスワーカーのテレワーク化ですが、これは難敵です。